[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」






富岡八幡宮
富岡八幡といえば江戸三大祭りの一つ「深川八幡まつり」。3年に1度(8月中旬)本祭りが催され50台余の神輿に水をかけながら練り歩く連合渡御は勇壮無比であでやかな辰巳芸者の手古舞や粋な鳶頭衆の木遣りが江戸情緒を盛り上げます。八幡宮は寛永元年(1624年)当時 永代島と呼ばれた木島に京の公卿が八幡神像を奉安したのが始まりといわれ以来 深川っ子の信仰を集めています。境内には「深川の力持碑」「木場の角乗り碑」を始め「横綱力士碑」「力持碑」など深川にまつわる多くの石碑等があり昔を偲ばせます。





周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。








江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に御治定になり、勅使を遣わされ幣帛を賜り、新しい御代の弥栄を祈念されました。





伊能忠敬
江戸後期の地理学者・測量家。我が国最初の実測地図「大日本沿海興地全図」を作成。
(1745〜1818)
現在の千葉県九十九里浜沿岸の村に生まれる。1795年に江戸に出、暦学者・高橋至時[たかはし よしとき]に師事する。伊能忠敬らの測量は1800年から1816年までの間に実測日数で3736日にものぼった。欧米人の手を借りずに自分の国の正しい地図を作ったのは、アジアでは日本だけであった。
富岡八幡 御輿
表参道の神輿庫には日本一の黄金神輿が飾られています。この神輿は台輪幅1.5m、屋根の最大幅2.9m、高さ4m超、重量 4.5tで、鳳凰の胸に7カラットのダイヤを始め装飾の各所にルビーなどの宝石を配した豪華な神輿です。平成3年に佐川清氏(佐川急便社主)により奉納されました。
大関力士碑
この碑は明治の頃に、9代目市川団十郎と5代目尾上菊五郎により寄進されていた2基の仙台石を活用し、初代大関雪見山から最近では小錦関、霧島関まで、104人の歴代大関の四股名が彫り込まれています。 またその傍らには巨人力士碑、巨人力士手形足形碑、 強豪関脇碑、 釈迦ヶ嶽等身碑等一群の顕彰碑が立ち並んでおり、横綱力士碑とあわせて、相撲名所として相撲ファンに親しまれています。
巨人力士の手形と足形
深川不動尊 参道
毎月28日の縁日では参詣者で賑わい、多くの露店が並ぶなど盛況を呈しています。
深川不動尊
元禄16年(1703年)に始まった成田山新勝寺の出開帳が深川不動の起こりで明治14年不動堂が完成しました。境内には「名優五代目尾上菊五郎の碑」「力石」等があります。この辺りは富岡八幡、永代寺、深川不動の門前町として江戸情緒を色濃く残す深川の中心で12月28日には納めの不動が有ります。
深川公園  
富岡八幡宮永代寺の庭は、江戸時代に「江戸名所図会」や広重の「名所江戸百景」の中に取材された有名な庭園でかつては桜と牡丹の名所であった。明治維新後、最も古い公立公園の一つで、園内には歌仙桜の碑や日清・日露戦争戦死者の碑、富岡八幡宮別当永代寺跡標柱などがあります。
深川チームのホームグラウンド   インデックスへ戻る








深川公園近辺の見どころ

最寄り駅 都営地下鉄東西線 又は 大江戸線 「門前仲町駅」